• 8-year old Sukouba came to play while the marimba master went for a cigarette break. Bobo-Dioulasso

    マリンバの稽古中。師匠が一服している間、楽器を触りに来る8歳のスクバ。ボボ・ディウラッソ

プロジェクト: アフリカ音楽

ブルキナ・ファソ、ボボ・ディウラッソ。

アフリカ音楽の謎を解き明かすべく、パーカッションの師匠を訪ねて、アフリカを代表する音楽の都ボボ・ディウラッソに行った。

ここでは、もとはコミュニケーションの手段だった音楽が、今日はインターナル・アートと呼ぶべき領域にまで発展を遂げている。 音楽家の家庭にホームステイしながら、マリンバとジャンベの特訓を受け、誰も説明してくれなかったアフリカ音楽の世界を捉えようと試みる。

アフリカ音楽レッスン―マリンバとジャンベ

私が目指したボボ・ディウラッソは西アフリカ、ブルキナ・ファソの第二の都市。アフリカン・パーカッションの聖地である。街の至る所にあるキャバレーと呼ばれるビア・ガーデンでは、毎日のように現地アーティストによる伝統的なパーカッションの演奏が行われ、地ビールを飲みに人々が集まる。そのボボ・ディウラッソで私はパーカッションの師匠に弟子入りをした。

朝は「バラフォン」と呼ばれるマリンバ(木琴)の稽古。午後は「ジャンベ」と呼ばれるアフリカ太鼓の稽古。師匠は、ビア・ガーデンで演奏する現地グループのリーダーで、その父親もまた音楽家であったという。西洋人とのコラボレーションによるCDを発売したり、海外での演奏もしている。

ボボ・ディウラッソの伝統的なマリンバ「バラフォン」は、鍵盤が一音階につき7本ではなく、5本あるものが主流だ。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シより2本少ないし、シャープやフラットといった陰音も出ないということは、奏でられる音楽の幅が狭まるかと思えば、そうでもない。彼らのリズムのバリエーションは、3拍子、4拍子、5拍子、6拍子、7拍子、13拍子等、音階の少なさをカバーするだけの潜在性は十分にあった。

ボボ・ディウラッソの太鼓「ジャンベ」は、重くどっしりしている。形や大きさはそれまで見たことのあるアフリカの太鼓と同じようでも、片手で持ち運ぶのが辛いほど、重いのだ。これは材料に使っている木の密度が高いからで、この質の良さを求めて海外から買いにくる人々もいるという。ジャンベと一言に言っても、材料の木の質、形、ヤギ皮の張り等によって、音の高低も、パリっと気持ちのよい音が出るか否かも代わってくる。また、湿度によっても、皮の状態が変わるので、音が変化する。

ボボ・ディウラッソでの稽古の基本は、見様見真似、である。基本的にテンポは数えない、音楽は書き留めない。最初はどうにかリズムを譜面に書き取ろうと試みた私にも、結局は西洋的な音楽の考え方から離れることが、上達の近道のように思われた。パタン・ペレ・パンと、言葉でメモしながら、トーンの高さと指使いならぬ手使い(右もしく左)を書き加える。あとは実践で、身体が覚えるまで繰り返す。マリンバはマレットで鍵盤の真ん中を叩き、音を響かせる。マレットが当たる指には、マメができる。ジャンベも思い切って叩かないとそれなりの音色が出ないから、手が温まるまでは痛みとの戦い。数日の稽古でも、腕と指は太く、手の皮は厚く、そして背筋がしっかり始める。

稽古を始めて数週間後、思いもかけず、キャバレーと呼ばれるローカルなビア・ガーデンでジャンベ・デビューをすることになる。通常マリンバ奏者二人、ジャンベ奏者が二人、ドゥンドゥンと呼ばれるベースのパーカッショニストが一人で演奏するが、ちょうど弾き手が足りなかったある日、ちょっとやってみて、といった具合で、聴衆を前に演奏することになった。聞いたことのない曲でも、稽古で習った伴奏的なリズムを、他の奏者の演奏と、マリンバのソリストの即興に合わせて繰り返す。何やら乗ってくると、奏者全員に心地良いアフリカ的一体感が訪れる。曲の終盤に入るとテンポが速まり、気もちも高まり、それまでの一体感は結合感へと昇華する。そしてソリストの合図で、曲も終りを迎えるのだ。

アフリカ音楽―リズム的なメロディ

中をくり抜いた木に動物の皮を張った太鼓を、素手でたたく。そのたたき方によって、一つの太鼓から三つの高さの違った温かい音が出る。一度演奏が始まると、一定のリズムの繰り返しが身体に何とも心地よい。奏でられるリズムは、気がつけば我々の中に入り込み、その場全体を包み込むエネルギーと一体になる。

アフリカのパーカッションによる音楽は、複雑なリズムの繰り返しであるように聞こえる。複数人による組み合わせ、そこにソリストの即興的な要素が加わり、演奏者全員ひいては聴衆をも巻き込む、安定した和を作り出す。リーダー格のパーカッショニストはその過程に参加し、演奏者ひとりひとりによる言葉を超えたコミュニケーションを理解し、彼らの演奏と精神を導く。

アフリカ人特有の音楽、リズム感は、アフリカ人として生まれながらのものなのだろうか。幼き日々、母親からクラシック・ピアノを習い育った私にとって、彼らのリズムは、これまでの音楽の概念の枠には収まらなかった。1、2、3、4、、、と拍子を数え、どうにか書き留めながら理解しようとしても、無駄な作業のように思われた。演奏は耳と身体で覚え、基本的に「書き留める」「数える」概念がない彼らの音楽。

アフリカ人にとってのリズムとは、一般に西洋音楽におけるリズムの概念ではなく、「リズム的メロディー」だ、と教えてくれたのがレイ・レマである。私が稽古中に感じていた違和感は、どうやら太鼓の音を無意識のうちに「リズム」として認識しようとしていた為だったようだ。メロディーととらえれば、彼らが書き留めたり数えたりしない感覚が自然であると、納得がいく。

では、そのリズム的メロディーは、どこから始まってどこが終わっているのか?レイ・レマは、拍子を理解するカギになるクラーヴを探しなさい、と言う。通常、クラーヴは金属音か木の音で、複数人の演奏において、テンポを司る。これを基準にそれぞれが音の掛け合いを繰り広げる。クラーヴが分かれば、複雑なリズムでも、拍子が見えてくる。

アフリカでは、我々が西洋音楽で慣れ親しんでいる4分の4拍子、8分の6拍子といったシンプルなものから、5拍子、7拍子、ひいては13拍子などという複雑な演奏も、日常である。こうした5拍子以上の奇数拍子を聴き分け、演奏することは、想像以上に難しい。5拍子を演奏するには、自分の中の「軸」が完全に安定している必要がある、とレイ・レマは言う。

パリ在住、アフリカを代表する音楽家であるレイ・レマは、大きな手と心でピアノを弾くアーティストであり、また温かく懐かしい美声を持った歌手でもある。こうした複雑な奇数拍子が、彼の手にかかると、シンプルな4拍子のテンポにいつの間にかはめ込まれてしまい、聴いている者には違和感どころか、この上なく心地良い。ゆるぎない「軸」を持っていれば、シンプルなことも、一見複雑なことも、美しく調和しうるのだ。